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横浜地方裁判所 平成6年(ワ)161号 判決

甲事件原告

三浦忠雄

ほか一名

乙事件原告

重藤賢一

ほか一名

甲・乙事件被告

國江木綿子

ほか五名

主文

一  被告國江、被告神尾、被告オリツクスレンタカー、被告サンロードは、原告三浦忠雄及び原告三浦映子それぞれに対し、各自一四四三万四一四一円、原告重藤賢一及び原告重藤麗子それぞれに対し、各自一七六八万九六〇〇円、並びにこれらに対する平成五年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告同和火災は、被告國江、被告神尾、被告オリツクスレンタカー、被告サンロードと原告らとの間のいずれかの本訴訟における判決が確定したときは、原告三浦忠雄及び原告三浦映子それぞれに対しては一四四三万四一四一円、原告重藤賢一及び原告重藤麗子それぞれに対しては一七六八万九六〇〇円、及びこれらに対する平成五年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告國江、被告神尾、被告オリツクスレンタカー、被告サンロード、被告同和火災に対するその余の請求及び被告大阪日電運輸に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告らに生じた費用の三分の一と被告國江、被告神尾、被告オリツクスレンタカー、被告サンロード、被告同和火災に生じた費用を右被告らの負担とし、原告らに生じたその余の費用と被告大阪日電運輸に生じた費用を原告らの負担とする。

五  右一は、仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告ら

(一)  原告三浦忠雄・原告三浦映子(以下「原告三浦ら」という。)

(1) 被告國江、被告神尾、被告オリツクスレンタカー、被告サンロード、被告大阪日電運輸は、原告三浦らそれぞれに対し、各自四七六四万七五〇九円及びこれらに対する平成五年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 被告同和火災は、被告國江、被告神尾、被告オリツクスレンタカー、被告サンロード、被告大阪日電運輸と原告三浦らとの間のいずれかの本訴訟における判決が確定したときは、原告三浦らそれぞれに対し、四七六四万七五〇九円及びこれらに対する平成五年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3) 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

(4) 仮執行宣言

(二)  原告重藤賢一・原告重藤麗子(以下「原告重藤ら」という。)

(1) 被告國江、被告神尾、被告オリツクスレンタカー、被告サンロード、被告大阪日電運輸は、原告重藤らそれぞれに対し、各自五〇七九万八〇一九円及びこれらに対する平成五年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 被告同和火災は、被告國江、被告神尾、被告オリツクスレンタカー、被告サンロード、被告大阪日電運輸と原告重藤らとの間のいすれかの本訴訟における判決が確定したときは、原告重藤らそれぞれに対し、五〇七九万八〇一九円及びこれらに対する平成五年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(3) 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

(4) 仮執行宣言

2  被告ら

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

二  当事者の主張

1  請求原因

(一)  交通事故の発生

次の交通事故が発生した。

(1) 日時

平成五年二月一八日午前四時四二分ころ

(2) 場所

神奈川県川崎市高津区北見方二二八番地先交差点(以下、「本件交差点」あるいは「本件事故現場」という。)

(3) 関係車両・関係者

〈1〉 被告國江運転の普通乗用自動車(横浜五〇わ・・一三)(以下、便宜「國江車」という。)

〈2〉 訴外井上一彦(以下「井上」という。)運転の普通貨物自動車(大津一一い二八〇四)(以下、便宜「井上車」という。)

〈3〉 國江車の同乗者

被告神尾、訴外三浦雅帆(以下「亡三浦」という。)、訴外重藤賢司(以下「亡重藤」という。)

(4) 事故の態様・結果

本件交差点において、第三京浜国道千年方面から多摩川方面に向けて進入してきた國江車と、高津駅方面から宮内方面に向けて進入してきた井上車とが衝突し、亡三浦が頭部顔面打撲による脳挫滅により、亡重藤が胸部打撲による内臓破裂により、それぞれ死亡した。

(二)  責任原因

(1) 被告國江

被告國江は、國江車を運転して本件交差点に進入するに際し、前方・側方の注視などを怠つた過失により、左方から進行してきた井上車に気づかなかつた。本件事故はそのために発生したものである。したがつて、同被告は、民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。

(2) 被告神尾

國江車は、いわゆるレンタカーであるところ、本件事故当時、被告神尾は、被告オリツクスレンタカーからこれを借り受け、自己のために運行の用に供していた。したがつて、被告神尾は、自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償責任がある。

(3) 被告オリツクスレンタカー・被告サンロード

被告オリツクスレンタカー及び被告サンロードは、國江車のレンタカー会社であり、これを自己の運行の用に供していた。したがつて、右両被告は、自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償責任がある。

(4) 被告同和火災

國江車については、被告同和火災と被告オリツクスレンタカーとの間で自動車保険契約が締結されており、この保険契約によつて、國江車の運転者ないし運行供用者である被告國江、被告神尾、被告オリツクスレンタカー、被告サンロードと原告らとの間のいずれかにおいて本訴訟における判決が確定したときは、被告同和火災は、原告らに対し、右各被告と同額の損害賠償金を支払う義務がある。

(5) 被告大阪日電運輸

井上は、井上車を運転して本件交差点に進入するに際し、前方・側方の注視などを怠つた過失により、右方から進行してきた國江車に気づかなかつた。本件事故はそのために発生したものである。ところで、井上は、被告大阪日電運輸の業務の執行として井上車を運転していたものであり、また、同被告は、井上車を保有して自己のために運行の用に供していた。したがつて、同被告は、民法七一五条及び自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償責任がある。

(三)  損害

(1) 原告三浦らの損害

〈1〉 亡三浦に生じた損害 一億一四六六万六一〇二円

ア 逸失利益 八九六六万六一〇二円

亡三浦は、本件事故による死亡当時二〇歳で、私学での最難関である慶応義塾大学の法学部二年に在籍し、司法書士の資格を取るべく勉学に励んでおり、同大学の学生の資質、さらには、語学の担任であつた斉藤助教授の亡三浦の能力についての陳述書(甲第一七号証)を勘案すれば、右の資格は容易に取得していたものということができる。このような点に鑑みると、同人は、卒業後、少なくとも、一般私大の卒業者よりも相当の高収入を得られたものと容易に推定されるから、控えめにみても大学卒男女平均(加重平均)大学卒の平均賃金程度は得られたものというべきである。そこで、同人の逸失利益の現価について、年収を平成四年の賃金センサスによる大学卒男女平均(加重平均)全年齢・企業規模計の平均賃金である六三二万五六五一円、生活費控除率を三〇パーセントとし、中間利息の控除について、稼働可能期間である二二歳から六七歳までの期間に対応する新ホフマン係数二〇・二五を適用して算定すると、次の計算式のとおり、八九六六万六一〇二円となる。

(計算式)

六三二万五六五一円×(一-〇・三)×二〇・二五=八九六六万六一〇二円

なお、年収は、本来は平成五年の賃金センサスによるのが相当であり、右と同様に計算した金額は六四一万五八七円である。これをもとに右の生活費控除率及び新ホフマン係数を適用して算定した金額が、亡三浦の逸失利益である。原告三浦らは、これを亡三浦の逸失利益として主張するものであり、本訴における逸失利益八九六六万六一〇二円は一部請求である。

イ 死亡慰藉料 二五〇〇万円

亡三浦の本件事故によつて死亡したことによる精神的苦痛を慰藉するためには、右金額が相当である。

〈2〉 原告三浦らに生じた損害 一九八万五一七円

原告三浦らは、亡三浦の両親であり、同人の本件事故による死亡に伴い、次のような費用を二分の一ずつ負担した。

ア 葬儀費用 一五〇万円

原告三浦らは亡三浦の葬儀のために相当額の出捐をした。そのうち、少なくとも一五〇万円は、本件事故による損害として被告らが負担すべきである。

イ 死体検案書料 一万円

ウ 遺体運搬費用 四〇万一九五七円

エ 文書料 一六〇〇円

交通事故証明をとりつけるための費用等である。

オ 交通費 六万六九六〇円

上京などのために要したものである。

〈3〉 相続

原告三浦らは、亡三浦の両親であり、亡三浦の〈1〉の損害を各二分の一ずつ相続した。

〈4〉 損害の填補 三〇〇一万一六〇〇円

原告三浦らは、本件事故による損害の填補として、國江車に係る自動車損害賠償責任保険から三〇〇一万一六〇〇円の支払を受けたので、これを二分の一ずつ各損害に充当した。

〈5〉 弁護士費用 八六六万円

原告三浦らは、原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起・遂行を委任した。これによる弁護士費用のうち、本件事故による損害として被告らに賠償を求め得る額は、右金額を下回ることはない。

〈6〉 まとめ

以上のとおりであるから、原告三浦らの残損害額は合計九五二九万五〇一八円(円未満、切捨て)であり、各四七六四万七五〇九円である。

(2) 原告重藤らの損害

〈1〉 亡重藤に生じた損害 一億二〇〇三万五三〇七円

ア 逸失利益 九五〇三万五三〇七円

亡重藤は、本件事故による死亡当時二二歳で、私学での最難関である慶応義塾大学の法学部三年に在籍しており、将来は、洋々たる前途が開けていた。特に、同人は、検事を志望して司法試験の受験勉強をしていたもので、その能力は、ゼミの指導教官・池田真朗慶応義塾大学教授の折り紙付きで、近い将来、司法試験に合格するだけの見込みがあつた(少なくとも、超一流の大企業に就職できたはずである。)。この点に鑑みると、同人は、卒業後、少なくとも、一般私大の卒業者よりも相当の高収入を得られたものと容易に推定されるから、控えめにみても大学卒男子の平均賃金の一・三倍程度は得られたものというべきである。したがつて、同人の逸失利益の現価は、年収は平成四年の賃金センサスによる大学卒男子・全年齢・企業規模計の平均賃金である六五六万二六〇〇円の一・三倍である八五三万一三八〇円、生活費控除率は五〇パーセントを基礎とし、中間利息の控除について、稼働可能期間である二三歳から六七歳までの期間に対応する新ホフマン係数二二・二七九(二三・二三一-〇・九五二)を適用して算定するのが相当であり、九五〇三万五三〇七円(円未満、切捨て)となる。

(計算式)

八五三万一三八〇円×(一-〇・五)×二二・二七九=九五〇三万五三〇七円

なお、年収は、本来は平成五年の賃金センサスによるのが相当であり、この賃金センサスの大学卒男子・全年齢・企業規模計の平均賃金は六六五万四二〇〇円である。その一・三倍は八六五万四六〇円である。これをもとに右の生活費控除率及び新ホフマン係数を適用して算定した金額が、亡重藤の逸失利益である。原告重藤らは、これを亡重藤の逸失利益として主張するものであり、本訴における逸失利益九五〇三万五三〇七円は一部請求である。

イ 死亡慰藉料 二五〇〇万円

亡重藤の本件事故によつて死亡したことによる精神的苦痛を慰藉するためには、右金額が相当である。

〈2〉 原告重藤らに生じた損害 二四〇万七九四五円

原告重藤らは、亡重藤の両親であり、同人の本件事故による死亡に伴い、次のような費用を二分の一ずつ負担した。

ア 葬儀費用 一五〇万円

原告重藤らは亡重藤の葬儀のために相当額の出捐をした。そのうち、少なくとも一五〇万円は、本件事故による損害として被告らが負担すべきである。

イ 死体検案書料 一万円

ウ 遺体運搬費用 四四万八一七三円

エ 文書料 一六〇〇円

交通事故証明をとりつけるための費用等である。

オ 交通費 四四万八一七二円

上京などのために要したものである。

〈3〉 相続

原告重藤らは、亡重藤の両親であり、亡重藤の〈1〉の損害を各二分の一ずつ相続した。

〈4〉 損害の填補 三〇〇〇万二六〇〇円

原告重藤らは、本件事故による損害の填補として、國江車に係る自動車損害賠償責任保険から三〇〇〇万二六〇〇円の支払を受けたので、これを二分の一ずつ各損害に充当した。

〈5〉 弁護士費用 九二四万円

原告重藤らは、原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起・遂行を委任した。これによる弁護士費用のうち、本件事故による損害として被告らに賠償を求め得る額は、右金額を下回ることはない。

〈6〉 まとめ

以上のとおりであるから、原告重藤らの残損害額は合計一億一五九万六〇三八円であり、各五〇七九万八〇一九円である。

(四)  結語

よつて、原告らは、被告らに対し、次のとおり求める。

(1) 原告三浦ら

〈1〉 被告國江、被告神尾、被告オリツクスレンタカー、被告サンロード、被告大阪日電運輸は、原告三浦らそれぞれに対し、各自四七六四万七五〇九円及びこれらに対する本件事故発生の日である平成五年二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うこと。

〈2〉 被告同和火災は、被告國江、被告神尾、被告オリツクスレンタカー、被告サンロード、被告大阪日電運輸と原告三浦らとの間のいずれかの本訴訟における判決が確定したときは、原告三浦らそれぞれに対し、四七六四万七五〇九円及びこれらに対する本件事故発生の日である平成五年二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うこと。

(2) 原告重藤ら

〈1〉 被告國江、被告神尾、被告オリツクスレンタカー、被告サンロード、被告大阪日電運輸は、原告重藤らそれぞれに対し、各自五〇七九万八〇一九円及びこれらに対する本件事故発生の日である平成五年二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うこと。

〈2〉 被告同和火災は、被告國江、被告神尾、被告オリツクスレンタカー、被告サンロード、被告大阪日電運輸と原告重藤らとの間のいずれかの本訴訟における判決が確定したときは、原告重藤らそれぞれに対し、五〇七九万八〇一九円及びこれらに対する本件事故発生の日である平成五年二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うこと。

2  請求原因に対する答弁

(一)  被告國江

(1) 請求原因(一)は認める(ただし、井上車の登録番号は「滋賀一一い二八〇四」である。)。

(2) 同(二)((1)ないし(5))は認める。

(3) 同(三)は、(1)(2)の各〈4〉の損害の填補の点は認め、その余は不知。

(二)  被告神尾

(1) 請求原因(一)は、(4)のうちの事故の態様の点は不知(当時、被告神尾は國江車の助手席で寝ていたので、事故の態様は全く分からない。)、その余は認める。

(2) 同(二)の(2)は、争う。

(3) 同(三)は、争う。

(三)  被告オリツクスレンタカー・被告サンロード・被告同和火災

(1) 請求原因(一)は、(4)のうちの事故の態様の点は不知、その余は認める。

(2) 同(二)は、(1)は不知、(3)は、被告オリツクスレンタカー及び被告サンロードが自動車損害賠償保障法三条に基づく責任のあること自体は認める、(4)は、被告同和火災の責任自体は認める。

(3) 同(三)は、(1)(2)の各〈4〉の損害の填補の点は認め、その余は不知ないし争う。

なお、原告ら主張の損害のうち主要な点について述べると、次のとおりである。

〈1〉 逸失利益の基礎とする年収について

ア 亡三浦について

原告三浦らは、亡三浦は「少なくとも、一般私大の卒業者よりも相当の高収入を得られたものと容易に推定されるから、控えめにみても大学卒男女平均(加重平均)大学卒の平均賃金程度は得られたものというべきである。」と主張する。「一般私大」とは何を指すか不詳であるが、損害賠償額の算定については高度の蓋然性の立証が必要であり、亡三浦について右の主張のようなことは容易には推定できないし、その立証もないといわなければならない。亡三浦の逸失利益の基礎とする年収は、大卒女子平均を上限とすべきである。女子にあつては、最難関の大学を卒業しても専業主婦となる蓋然性も相当な程度存するし、専業主婦となれば、女子労働者学歴計がその逸失利益の基礎とされているのである。

イ 亡重藤について

亡重藤の逸失利益の基礎とすべき年収についても、亡三浦の場合と同様、首肯できない。亡重藤の逸失利益の基礎とする年収は大卒男子の平均賃金を上限とすべきである。

〈2〉 中間利息の控除について

原告らは、新ホフマン方式を主張するが、ライプニツツ方式によるべきである。

〈3〉 死亡慰藉料について

原告らの主張額は一般の裁判例に比して高額である。また、本件における慰藉料の算定に当たつては、被害者と加害者との関係、同乗の経緯、目的等が特に斟酌されるべきであり、一般の例に比して相当の減額がなされるべきである。

(四)  被告大阪日電運輸

(1) 請求原因(一)は認める(ただし、井上車の登録番号は「滋賀一一い二八〇四」である。)。

(2) 同(二)(5)は、井上の過失の点以外は認めるが、本件事故について井上に過失があつたとの点は争う。被告大阪日電運輸に本件事故についての損害賠償責任はない。

(3) 同(三)は、不知もしくは争う。

なお、逸失利益は、亡三浦については女子の平均賃金をもつて算定されるべきであるし、亡重藤についても平均賃金の一・三倍を基準とする必要はない。また、平均賃金を基準とする以上、中間利息の控除についてはライプニツツ係数によるべきである。

3  被告らの主張

(一)  被告國江

亡三浦及び亡重藤は國江車に同乗していて本件事故に遭つたものであるところ、次のような事情があるから、本件事故による原告らの損害については、好意同乗の法理等による減額がなされるべきである。

(1) 被告國江と、被告神尾、亡三浦及び亡重藤は、それぞれが大学のサークルの友人であつたところ、被告國江は、事故当夜の午前零時過ぎころ、被告神尾及び亡三浦から、鎌倉方面への深夜ドライブに誘われたため、これに応じたものである。したがつて、國江車の運行目的は、右の者らが一緒に深夜ドライブをすることであり、その運行利益は各人に共通であつた。

(2) 本件事故は、深夜、徹夜のドライブの過程で生じたものである。深夜のドライブが、同乗車のみならず、対向車の過失行為が重なるなどして事故に直結しやすいことは一般の常識である。亡三浦らは、これを認識しながら國江車に同乗したものである。しかも、亡三浦らは、被告國江が運転免許を取得して一年に満たないことを知悉したうえで、同被告に運転させたものである。

(二)  被告神尾

(1) 本件事故までの経緯は次のとおりである。

〈1〉 被告神尾は、本件事故の前日である平成五年二月一七日の夕方、翌日の朝、一緒に住んでいた訴外長谷川達也(以下「長谷川」という。)と大学の同級生の鳴田麻里子と三人で、自分の実家に遊びに行くために、長谷川とともに自宅近くのオリツクスレンタカーに行き、レンタカー(國江車)を借り入れ、長谷川が運転して自宅に帰つた。なお、被告神尾は、運転免許を取得したのが平成四年一〇月一二日で、六か月未満であつたため、右借入れは長谷川名義で行つた。

〈2〉 帰宅後、被告神尾は、後記の法律勉強サークルの先輩である亡三浦のところに電話して話しているうち、亡三浦宅へ行くことになり、先刻借り入れた國江車で川崎市高津区諏訪の同人宅に行つた。一時間ほど話した後、被告神尾が帰ろうとすると、亡三浦が「國江さんに届けるものがあるから、乗せてつて」と頼むので、同被告は、國江車を運転し、亡三浦の道案内で被告國江宅へ向かつつた。

〈3〉 三〇分くらいかかつて被告國江宅に到着したところ、同被告宅には、同被告のほかに、同被告の友人の亡重藤もいた。当時、被告神尾は慶応義塾大学一年被告國江、及び亡三浦は同大学二年、亡重藤は同大学三年で、いずれも慶応義塾大学の「一八人会」という法律勉強サークルに入つており、同サークルの先輩・後輩の間柄であつた。

〈4〉 被告神尾が被告國江宅に到着したとき、被告國江・亡三浦・亡重藤の間で、被告神尾の借りたレンタカー(國江車)でドライブに行く話がまとまつており(被告神尾が亡三浦宅に行くまでの間に、亡三浦が被告國江に電話したらしい。)、山下公園までドライブに行くことになつた。被告神尾自身は、明日早朝に実家に帰る予定があつたため、あまり気が進まず、他の三人に、「自分は明日朝早いんですけど・・・」といつたが、相手が先輩ということもあつて逆らえず結局、山下公園までドライブに行くことになつた。そのとき午前零時を過ぎていた。

〈5〉 被告國江の運転でドライブに出て、山下公園まで行つたが、同公園の入口では車が止められない状態だつたので、そのまま帰ることとし、走り出した。しかし、途中で道を間違えたことに気づき、鎌倉の方へそのままドライブをすることになり、鶴ケ丘八幡宮を通つて湘南海岸まで行き、江の島を通つて藤沢駅を経てしばらく走り、第一国道へ入る直前のガソリンスタンドで給油した。ガソリン代は、このドライブが被告神尾が車を借りた目的から外れるということで、四人均等割りで支払つた。この給油をした時点で既に午前三時を過ぎており、被告神尾が「疲れたなあ」といつて、外で伸びをしていたところへ被告國江がきて、運転を代わろうかと申し出た。そこで、運転を代わり、被告神尾は助手席に移つて、運転再開となり、被告國江の運転で横浜新道に入つた。なお、被告神尾は、保土ケ谷インターくらいまでは記憶があるが、その後は寝てしまつたらしく、本件事故のときまで記憶がない。

(2) 右事実に基づき、被告神尾は、次のとおり主張する。

〈1〉 被告神尾の運行供用者性

國江車は、被告神尾が翌日実家に帰るために借り受けたもので、同被告は、亡三浦宅へ行つて、直ぐ自宅に帰るつもりであつた。ところが、同被告が被告國江宅に着く前に、他の三名でドライブに行く話がついており、被告神尾は、翌朝早く実家に出発することを理由に断ろうとしたが、常々世話になつている先輩から頼まれて断われず、ドライブに行くことを了承したもので、本件事故の原因となつたドライブは、同被告が國江車を借りた目的から全く外れたものである。したがつて、被告神尾は、本件事故当時の國江車について、「自己のために自動車を運行の用に供する者」ではなく、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者には当たらない。

〈2〉 亡三浦・亡重藤の他人性

仮に、被告神尾が運行供用者に当たるとしても、亡三浦宅を出発して以降は、四人の合意のもとで、ガソリン代金を割勘にするなどして深夜のドライブを楽しんだのであるから、運行利益は、亡三浦及び亡重藤にもあつた。また、亡三浦及び亡重藤は、被告神尾のサークルの先輩であることから、運転者である同被告らに指示を与える立場にあり、國江車の運行に関して運行支配を有していたもので、共同運行供用者であつた。したがつて、亡三浦及び亡重藤は自動車損害賠償保障法三条の「他人」に当たらない。仮に、当たるとしても、相対的・割合的な共同運行供用者であるから、原告らの損害は、それに伴う相当額の減額がなされるべきである。

〈3〉 過失相殺

仮に、以上の主張が認められないとしても、亡三浦及び亡重藤は、運転免許取得後日の浅い被告神尾及び被告國江の運転する車に事情を認識しつつ乗り込み、深夜四時間以上も仮眠もとらせず運転させた点に過失があり、原告らの損害については相当額の過失相殺がなされるべきである。

(三)  被告オリツクスレンタカー・被告サンロード・被告同和火災

(1) 本件事故を巡つては次のような事情があり、原告らの損害については、好意同乗あるいは過失相殺の法理等によつて相当の減額がなされるべきである。

〈1〉 本件ドライブの危険性

ア 本件事故は、被告神尾が長谷川の名義で借り受けたレンタカー(國江車)に同乗した仲間同士が、夜一二時から一時ころの間にドライブを始め、山下公園、鎌倉、由比ケ浜、藤沢を経て帰る途中の事故であり、事故発生は午前四時四三分ころであるから、約四時間もの間、深夜、長距離ドライブをしていた際の出来事ということになる。

イ 運転をしたのは被告國江と被告神尾であるが、いずれも運転については初心者であつた。すなわち、被告國江が自動車運転免許を取得したのは平成四年五月であり、被告神尾も免許を取得して一年未満であつた。しかも、國江車はレンタカーであり、被告國江らはその運転に慣れていなかつた。これは、亡三浦・亡重藤も熟知していたことである。

ウ そして、自動車運転歴の浅い者が、深夜、初めての道を、慣れない車で、長距離運転することが極めて危険であることはいうまでもない。

〈2〉 運行目的

本件事故当時、國江車は、単に深夜ドライブを楽しむために運行されていたもので、特に運行を必要とする理由等があるわけではなかつた。

〈3〉 亡三浦・亡重藤の過失

ア 亡三浦及び亡重藤らは、前記のような危険な深夜ドライブを避けるべきであつたのに、何ら反対することなく、被告國江及び被告神尾らと行を共にした。右四名は、深夜一時ころ、山下公園前の路上に停車した車内で鎌倉方面ヘドライブに行くことを決めているが、良識ある成人であれば、遅くともこの時点でドライブを中止すべきであつたのに、誰も反対せずにドライブを続け、その結果、本件事故に至つたのである。

イ 亡三浦らは、シートベルトを着用していなかつたため、衝突により車外に投げ出された。シートベルトを着用していれば、受傷はしても、おそらく死亡にまでは至らなかつたと思われる。

〈4〉 亡三浦・亡重藤の運行供用者的立場

亡三浦及び亡重藤は、本件ドライブに当たつてはガソリン代の負担をしているのであり、前記のような本件ドライブの運行目的にも鑑みると、両名は、國江車の運行供用者的立場にあつたというべきである。

(2) 搭乗者傷害保険金支払による損益相殺等

〈1〉 被告同和火災は、平成六年五月二〇日ころ、原告三浦らに対し、亡三浦の死亡による搭乗者傷害(死亡)保険金合計一〇〇〇万円(各五〇〇万円)を、同年八月五日ころ、原告重藤らに対し、亡重藤の死亡による搭乗者傷害(死亡)

保険金合計一〇〇〇万円(各五〇〇万円)を、それぞれ支払つた。

〈2〉 右保険金は、いずれも、同一事故を原因として被告オリツクスレンタカーがかけていた保険によつて被害者(本件ではその相続人である原告ら)が受ける益金であるから、加害者の損害賠償責任との関係においては、衡平の原則から、これを損害額から控除するべきである。

〈3〉 なお、少なくとも、右の保険金が支払われたことは、本件における慰藉料の算定に当たつて斟酌されるべきである。実質的にみて、右の保険金をその他の保険金と区別すべき理由はなく、また、本件保険の契約者は國江車の運行供用者たる被告オリツクスレンタカーであり、同被告としては、國江車の運行により発生した事故によつて搭乗者が傷害を受けたときは、給付を受けた保険金をもつて見舞金とし、被害者ないしその遺族の精神的苦痛を一部なりとも償おうとの意思を有していたものと考えるべきだからである。

(四)  被告大阪日電運輸

(1) 免責

本件事故は、井上が本件交差点を青信号に従つて進行中、被告國江が信号無視をして同交差点に突入してきた一方的過失によつて発生したものであり、井上には何らの過失も存しない。また、井上車には構造上の欠陥も機能の障害も存しなかつた。したがつて、被告大阪日電運輸には自動車損害賠償保障法三条に基づく責任はない。

(2) 相被告らの主張の援用

仮に、免責の主張は理由がないとすれば、相被告らの好意同乗による減額等の主張をすべて援用する。

4  被告らの主張に対する原告らの答弁・反論

被告らの主張は、いずれも争う。主な点についての反論は、次のとおりである。

(一)  好意同乗の法理による減額の主張について

(1) 本件ドライブは、被告國江が誘つたものであり、亡三浦や亡重藤が提唱したわけではない。被告神尾は、被告國江宅に到着したとき、被告神尾以外の三人の間でドライブに行く話がまとまつていた旨主張するが、そのようなことはない。また、被告神尾は、先輩に逆らえず、やむを得ずドライブしたかのように主張するが、「一八人会」は文系のサークルであり、体育会系のような、先輩・後輩が上命下服のような関係には全くない。國江車のガソリン代を四人で分割して支払つたとの点は、仮にそのようなことがあつたとしても、常識的に当然の行為であり、それをもつて損害額を減額する理由にはなり得ない。また、被告國江は、同被告が自動車運転免許を取得してからの期間や夜間の運転であつたことを云々するが、夜間、そのような者の運転する車両に同乗しただけでは、損害額を減額されるいわれはない。さらに、亡三浦及び亡重藤は自動車運転免許を取得しておらず、運転の主導権は被告國江及び被告神尾にあつたものであり、しかも、右両被告は交代で運転していたのである。亡三浦及び亡重藤に何らの落ち度はない。

(2) 近年における裁判実務の大勢は、少なくとも、本件のような事案においては、好意同乗の法理による減額をすべきでないという方向で固まつているものというべきである。被告ら(被告大阪日電運輸を除く。)の好意同乗の法理による減額の主張は失当である。なお、被告大阪日電運輸も右の減額の主張を援用しているが、同被告と原告らとの関係においては、いかなる意味においても右の減額の問題は生じない。

(二)  被告大阪日電運輸の免責の主張について

(1) 井上車進行道路の最高速度は時速四〇キロメートルと指定されていたところ、井上車の本件事故当時の速度は時速六〇キロメートルを下回るものではなかつた。井上が國江車を発見し、危険を感じて制動措置を講じたという地点から衝突地点までの距離(一七・九メートル)と、國江車の速度からすると(時速五〇キロメートルを下回るものではなかつたが、仮に時速五〇キロメートルであつたとしても)、井上車が制限速度を遵守して時速四〇キロメートルで走行していればもとより、時速五〇キロメートルであつたとしても、國江車は井上車が至る前を通過し得たことになり、本件事故は起きなかつたことになる。また、井上車が制限速度を遵守していれば、左右に転把して國江車との衝突を回避することもより容易であつたと思われる。

(2) したがつて、被告國江に赤信号で國江車を本件交差点に進入させたという、極めて悪質で大きな過失があり、それに比べれば相当程度小さいにしても、井上にも、本件事故の発生について過失がなかつたとはいえない。

5  原告らの反論に対する被告大阪日電運輸の再反論

井上車の進行道路の制限速度が時速四〇キロメートルとされていたことは原告ら主張のとおりであるところ、井上車は時速五〇キロメートル程度の速度で走行していたものと考えられるから、本件事故当時、井上が制限速度を超えて井上車を運転していたことは否定できない。しかし、本件事故は、午前四時四〇分ころ発生したものであり、現場の両道路は七、八メートルの幅員を有する幹線道路である。かかる幹線道路においては、夜間走行する車両の大半が制限速度を一〇キロメートル程度超えているといつても過言ではない。現に、本件事故の目撃者である熊沢幸夫も時速五〇キロメートル程度で走行していたと述べている。したがつて、右程度の制限速度違反が存したからといつて、それが直ちに「運転者が運行に際して注意を怠つた」といえるかどうか疑問である。それだけでなく、右の速度違反は、本件事故の発生と直接の因果関係を有していない。仮に、井上車が時速四〇キロメートルで進行していたとしても、本件における事故発生状況のもとにおいて、井上が國江車を発見した後、衝突回避のための適当な措置をとることができたとは考えられないからである。

三  証拠関係

記録中の書証目録・証人等目録のとおりである。

理由

一  請求原因(一)(交通事故の発生)について

被告國江及び被告大阪日電運輸との間では、井上車の登録番号の点を除き当事者間に争いがなく(なお、右の点は、甲第一号証〔書証の成立関係は書証目録記載のとおりであり、成立に争いのないもののほかは、弁論の全趣旨によつて成立を認める。〕によれば、「滋賀一一い二八〇四」が正しいものであることが認められる。)、その余の被告らとの間では、(4)のうちの事故の態様の点を除き当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によれば、右の点は原告ら主張のとおりであることが認められる。

二  同(二)(責任原因)について

1  (1)(被告國江の責任原因)は、被告國江との間で当事者間に争いがない。

2  (2)(被告神尾の責任原因)は、國江車がいわゆるレンタカーであり、本件事故当時、被告神尾がこれを被告オリツクスレンタカーから借り受けていたものであることは後記認定のとおりであるから、被告神尾は國江車を自己のために運行の用に供していた者と認めるのが相当であり、同被告は自動車損害賠償保障法三条に基づく損害賠償責任を負う。

被告神尾は、同被告は運行供用者には当たらない旨主張するが、採用できないことは後記のとおりである。

3  (3)(被告オリツクスレンタカー・被告サンロード)は、右両被告が自動車損害賠償保障法三条に基づく責任のあることは両被告の認めるところである。

4  (4)(被告同和火災)は、被告同和火災が原告ら主張の責任を負うべきことは同被告の認めるところである。

5  (5)(被告大阪日電運輸の責任原因)について

(一)  井上の過失の点を除くその余の事実は、被告大阪日電運輸との間で当事者間に争いがない。

(二)  そこで、井上の過失の有無及び被告大阪日電運輸の免責の主張について判断する。

(1) 前記認定の請求原因(一)の事実、乙第一号証ないし第四号証、第六号証ないし第九号証及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。この認定を動かすに足りる証拠はない。

〈1〉 本件事故現場は、その場所的伏況は、概ね、別紙「交通事故現場見取図(2図)」(以下「見取図」という。)のとおりであり、「千年」方面から「多摩川」方面に通ずる市道(以下「甲道路」という。)と、「高津駅」方面から「宮内」方面に通ずる国道四〇九号線(以下「乙道路」という。)とが十字に交わる、信号機による交通整理の行われている交差点である。甲道路は、対向車線とは中央分離帯によつて完全に分離された、歩道の設置されていない二車線の一方通行の道路である。乙道路は、歩道の設置されていない片側一車線の道路である。両道路とも、最高速度は毎時四〇キロメートルと指定されている。両道路相互の見通し状況は悪く、乙道路「高津駅」方面から甲道路「千年」方面への見通しは、〈イ〉地点において見通すことができるのは〈P〉地点辺りまでである。

〈2〉 井上は、井上車を運転し、時速五、六〇キロメートル程度の速度で、乙道路を「高津駅」方面から本件交差点に差しかかつた。対面信号機は青色表示であつた。井上は、交差点の五、六〇メートル手前でこれを確認したので、そのまま本件交差点を通過しようと井上車を走行させたところ、〈イ〉地点の辺りまで至つたとき、甲道路を「千年」方面から本件交差点に進入してくる國江車を〈1〉地点の辺りに発見した。井上は、危険を感じ、慌ててブレーキを踏み、ハンドルを左に切つたが、間に合わず、〈×〉地点において、井上車の前部と國江車の左側面とが衝突した。衝突後、井上車は、〈エ〉地点の案内板支柱に衝突して停止した。

〈3〉 被告國江は、國江車を運転し、時速五〇キロメートル程度の速度で、甲道路を「千年」方面から本件交差点に差しかかつた。國江車が交差点に至る、少なくとも四、五〇メートル手前のとき、既にその進路前方の対面信号機は赤色表示となつており、同被告においてこれを視認するのに何らの障害物もなかつたが、同被告は、対面信号機が青色を示しているものと勘違いしたか、あるいは信号機の表示を見落としたかしたため、速度を緩めたり、交差する乙道路の交通状況に気を配るなどを全くせず、前記のままの速度で國江車を本件交差点に進入させた。そして、被告國江が左方からの井上車に気づく間もなく、もとより何らの回避措置をとる間もないまま、國江車は〈×〉地点で井上車に衝突し、〈2〉地点に停止した。

〈4〉 本件事故当時、井上車には構造上の欠陥も機能の障害も存しなかつた。また、井上は、本件事故について、何らの行政処分・刑事処分も受けなかつた。

(2) 右事実によれば、本件事故は、信号機による交通整理の行われている交差点において、青色表示に従つて進入した井上車と、赤色表示にもかかわらず進入した國江車とが出合い頭に衝突したもので、それは、専ら、被告國江の信号無視という極めて重大な過失によつて発生したものというべきであり、井上には本件事故の発生について過失はなかつたものと認めるのが相当である。

原告らは、井上車の速度を取り上げ、井上車が指定最高速度である時速四〇キロメートルを遵守していれば、あるいは時速五〇キロメートルであつたとしても、井上が國江車を発見した地点と衝突地点との距離及び國江車の速度との関係からすると、國江車は井上車の直前を通過し得たことになるとして、井上にも過失がなかつたとはいえない旨主張する。

井上車が指定最高速度である時速四〇キロメートルを超える時速五、六〇キロメートル程度の速度であつたことは前記認定のとおりであり、井上に速度違反があつたことは明らかであるが、本件事故は互いに走行中の車両の出合い頭の事故であり、原告ら主張のような距離を誤差の存しない全く紛れのないものとまでみるのは相当とはいえないし、國江車の速度についても、時速五〇キロメートル程度という以上に特定してことを論じるのは相当とはいえない。井上の速度違反の点は、本件事故の発生と相当因果関係がないとみるのが相当である。原告らの主張は採用できない。

(3) 被告大阪日電運輸が井上車の運行供用者であり、また、井上は、同被告の業務の執行として井上車を運転していたものであることは当事者間に争いがないが、右(2)のとおり井上に本件事故の発生について過失はなく、かつ、本件事故当時、井上車には構造上の欠陥も機能の障害も存しなかつたのであるから、同被告は民法七一五条に基づく責任はもとより、自動車損害賠償保障法三条に基づく責任も負わない。

三  同(三)(損害)について

1  原告三浦らの損害

(一)  亡三浦に生じた損害

(1) 逸失利益

甲第三号証、第一五号証、第一七号証、第一八号証及び弁論の全趣旨によれば、亡三浦は、本件事故による死亡当時二〇歳(昭和四七年四月一一日生まれ)の独身女性で、慶応義塾大学法学部二年生であつたことが認められる。

右事実によれば、亡三浦の逸失利益は、年収は賃金センサス平成五年第一巻第一表の産業計、企業規模計、女子労働者四年制大卒者の平均賃金である四三一万二七〇〇円、生活費控除率は三〇パーセント、稼働可能期間は二二歳から六七歳までの四五年間を基礎とし、中間利息の控除について一六・一二一六(稼働可能期間の終期である六七年から死亡時の二〇年を差し引いた四七年に対応するライプニツツ係数一七・九八一〇から、稼働の始期である二二年から二〇年を差し引いた二年に対応するライプニツツ係数一・八五九四を差し引いたもの)を適用して算定するのが相当であり、四八六六万九三三七円(円未満、切捨て)である。原告三浦らは、亡三浦が慶応義塾大学法学部二年生であつたことなどを理由に、年収は大学卒男女平均(加重平均)の平均賃金を基礎とすべきである旨主張するが、にわかに採用できない。また、中間利息の控除について新ホフマン係数の適用を主張するが、この点も採用できない。

(2) 死亡慰藉料

亡三浦の死亡慰藉料は二〇〇〇万円をもつて相当と認める。

(二)  原告三浦らに生じた損害

前掲甲第三号証及び弁論の全趣旨によれば、原告三浦らは亡三浦の父母であり、同人の死亡に伴つて次のような費用を二分の一ずつ負担したことが認められる。

(1) 葬儀費用

本件事故と相当因果関係がある損害としては一二〇万円をもつて相当と認める。

(2) 死体検案書料

甲第七号証によれば、一万円を要したことが認められる。

(3) 遺体運搬費用

甲第五号証によれば、四〇万一九五七円を要したことが認められる。

(4) 文書料

弁論の全趣旨により、少なくとも、一六〇〇円を要したものと認める。

(5) 交通費

甲第六号証及び弁論の全趣旨により、少なくとも、六万六九六〇円を要したことが認められる。

(三)  相続

原告三浦らが亡三浦の父母であることは前記認定のとおりであり、原告三浦らは亡三浦の(一)の損害を各二分の一ずつ相続したものと認められる。

(四)  まとめ

したがつて、原告三浦らの弁護士費用を除く損害は七〇三四万九八五四円であり、各三五一七万四九二七円である。

2  原告重藤らの損害

(一)  亡重藤に生じた損害

(1) 逸失利益

甲第一〇号証、第一六号証、第一九号証及び弁論の全趣旨によれば、亡重藤は、本件事故による死亡当時二二歳(昭和四五年五月一四日生まれ)の独身男性で、慶応義塾大学法学部三年生であつたことが認められる。

右事実によれば、亡重藤の逸失利益は、年収は賃金センサス平成五年第一巻第一表の産業計、企業規模計、男子労働者四年制大卒者の平均賃金である六六五万四二〇〇円、生活費控除率は五〇パーセント、稼働可能期間は二三歳から六七歳までの四四年間を基礎とし、中間利息の控除について一六・八二一七(稼働可能期間の終期である六七年から死亡時の二二年を差し引いた四五年に対応するライプニツツ係数一七・七七四〇から、稼働の始期である二三年から二二年を差し引いた一年に対応するライプニツツ係数〇・九五二三を差し引いたもの)を適用して算定するのが相当であり、五五九六万七四七八円(円未満、切捨て)である。

原告重藤らは、亡重藤が慶応義塾大学法学部三年生であつたこと、検事を志望して司法試験の受験勉強をしており、指導担当教授によると、合格が間違いないほどの実力があることなどを理由に、年収は大学卒男子の平均賃金の一・三倍を基礎とすべきである旨主張するが、にわかに採用できない。また、中間利息の控除について新ホフマン係数の適用を主張するが、この点も採用できない。

(2) 死亡慰藉料

亡重藤の死亡慰藉料は二〇〇〇万円をもつて相当と認める。

(二)  原告重藤らに生じた損害

前掲甲第一〇号証及び弁論の全趣旨によれば、原告重藤らは亡重藤の父母であり、同人の死亡に伴つて次のような費用を二分の一ずつ負担したことが認められる。

(1) 葬儀費用

本件事故と相当因果関係がある損害としては一二〇万円をもつて相当と認める。

(2) 死体検案書料

甲第一三号証によれば、一万円を要したことが認められる。

(3) 遺体運搬費用

甲第一一号証の一・二によれば、四四万八一七三円を要したことが認められる。

(4) 文書料

弁論の全趣旨により、少なくとも、一六〇〇円を要したものと認める。

(5) 交通費

甲第一二号証の一には原告重藤ら主張の四四万八一七二円を要したかのような記載があるが、その内容は必ずしも明らかでないことなどに鑑み、右金額のうち一〇万円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(三)  相続

原告重藤らが亡重藤の父母であることは前記認定のとおりであり、原告重藤らは亡重藤の(一)の損害を各二分の一ずつ相続したものと認められる。

(四)  まとめ

したがつて、原告重藤らの弁護士費用を除く損害は七七七二万七二五一円であり、各三八八六万三六二五・五円である。

四  被告國江・被告神尾・被告オリツクスレンタカー・被告サンロード・被告同和火災の主張について

1  甲第一五号証ないし第一九号証、乙第五号証、第八号証ないし第一〇号証、第一三号証、丁第一号証、原告三浦映子・原告重藤麗子各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。この認定を動かすに足りる的確な証拠はない。

(一)  本件事故当時、國江車には、運転席に被告國江、助手席に被告神尾、後部座席に亡三浦及び亡重藤が乗つていた。四人は、いずれも慶応義塾大学法学部の学生(被告國江及び亡三浦は二年生、被告神尾は一年生、亡重藤は三年生)で、同大学の「一八人会」という法律勉強サークルに入つており、日頃よく行き来している先輩・後輩の間柄であつた。

(二)  被告神尾は、本件事故の前日である平成五年二月一七日の夕方、翌日の朝、一緒に住んでいた長谷川と、大学の友人である鳴田麻里子と三人で、木更津の自分の実家へ遊びに行くために、長谷川とともに自宅近くのオリツクスレンタカーに行き、國江車を借り受けて自宅に帰つた。

(三)  帰宅後、被告神尾は、亡三浦と話がしたくなつて同人に電話をかけ、実家に遊びに行くのでレンタカーを借りたことなどを話すうち、同人宅へ行くことになり、借り入れた國江車を運転して自宅(横浜市神奈川区大口仲町)を出発し、亡三浦宅(川崎市高津区諏訪)へ向かつた。道に迷い、予想外に時間がかかることになつたため、午後一〇時過ぎころ、途中で、亡三浦に電話を入れた。亡三浦は、この電話を受けて、午後一一時前ころ、被告國江宅に電話をかけた。被告國江はまだ帰宅してなかつたので、留守番電話に、「被告神尾がドライブに行こうといつて今亡三浦宅へ向かつている。その後、もしかしたら被告國江宅へ行くかもしれない一旨を入れた。亡三浦と被告國江とは、いずれも親元を離れて一人暮らしをしていたので、互いに泊まり合つたり、毎日のように電話し合うなど、一番の親友関係にあつた。

(四)  被告神尾は、二、三時間かかつて亡三浦宅へ到着し、一時間ほど同人と雑談をして帰ろうとした際、亡三浦から「被告國江に届けるものがあるから、乗せていつて」といわれ、亡三浦を乗せ、同人の道案内で、日吉にある被告國江宅へ向かつた。被告國江は、渋谷で落ち合つた亡重藤に送つてもらい、午後一一時過ぎころ帰宅したところ、亡三浦からの前記のような電話が入つていたので、亡重藤も亡三浦らが来るのを待つていることになつた。そうこうするうち、被告神尾と亡三浦が國江車で到着した。

(五)  ここにおいて四人が顔を合わせ、雑談を交わすうち、誰いうとなく、國江車でドライブに行こうという話になり、特に強く反対する者もないまま、四人は國江車に乗り込み、被告國江の運転で同被告宅を出発し、山下公園に赴いた。しかし、同公園の入口では車を止められない状態だつたので、そこからは被告神尾が運転してそのまま帰ることになつたところ、途中で、鎌倉の方にドライブしようということになり、鎌倉・由比が浜を経由して藤沢の手前まで赴き、横浜新道の入口付近のガソリンスタンドで給油した。代金はいわゆる割勘ということになつた。そして、被告神尾が運転に疲れた様子であり、同被告は木更津の実家へ行く予定であることも話に出ていたことから、他の三人は気をつかい、ここからは被告國江が運転し、横浜新道・第三京浜を経て本件事故現場道路に至り、本件交差点で本件事故に遭遇した。

(六)  被告國江宅を出発して本件事故に至るまでの間を通じ、車内は、いわば、わいわいと盛り上がり、皆な、うきうきとした雰囲気でドライブを楽しんでいた。

(七)  なお、被告國江が自動車運転免許を取得したのは平成四年五月一日であつた。自動車は保有しておらず、本件事故当時までの運転経験は一〇回程度であつた。また、被告神尾が免許を取得したのは平成四年一〇月であり、被告國江と同様、自動車は保有しておらず、日頃頻繁に運転していたわけではなかつた。そして、亡三浦及び亡重藤は、被告國江及び被告神尾が右程度の運転経験しか有しないことを知つていた。

2  右事実に基づいて、以下、判断する。

(1)  被告神尾の運行供用者性

被告神尾は、本件事故の原因となつたドライブは、同被告が國江車を借りた目的から全く外れたものであるから、同被告は、本件事故当時の國江車について運行供用者であつたとはいえない旨主張する。しかし、被告神尾は、本件事故発生の時点でこそ運転していなかつたが、その前は自ら運転を行い、かつその後も現に同乗していたのであるから、単に、右のドライブが國江車を借り受けた直接の目的ではなかつたからといつて、同被告のこれに対する運行支配・運行利益がなくなつていたとはいい難い。

(二) 亡三浦・亡重藤の他人性・運行供用者性

弁論の全趣旨によれば、亡三浦及び亡重藤は自動車運転免許を有していなかつたことが明らかであり、この点をも考えると、直ちに両者を自動車損害賠償保障法三条にいう「他人」に当たらないとまで認めることはできない。しかし、前記のような事実経過に鑑みると、本件事故に係るドライブは、要するに、親しい仲間同士が、意思あい通じて、専ら、それによる共通の楽しみを得るために行われたものであるから、その程度はともかく、亡三浦及び亡重藤に、ドライブの間における具体的運行支配・運行利益が全くなかつたとはいえず、かかる意味合いにおいて、右両者は、相対的・割合的な共同運行供用者というべきであり、そのような立場にあつたことを損害額の算定に反映させるのが相当である。

(三) 好意同乗・過失相殺

四人がドライブをすることになつた経緯、本件事故が深夜、長時間走行したうえのものであること、四人の間柄、被告國江の運転歴等に鑑みると、本件事故による原告らの損害については、好意同乗の法理及び過失相殺の法理に準じて減額するのが、損害の負担の公平に適うものというべきである。

(四) まとめ

右(二)及び(三)を総合勘案し、当裁判所は、原告らの損害についてはその二割を減ずるのを相当と認める。

したがつて、原告三浦らの損害は五六二七万九八八三円(円未満、切捨て)であり、原告重藤らの損害は六二一八万一八〇〇円(円未満、切捨て)である。

3  搭乗者傷害保険金支払による損益相殺等

弁論の全趣旨によれば、右保険金が原告三浦ら及び原告重藤らに支払われたことは明らかであるが、右保険金の性質に鑑みると、これを損益相殺として原告らの損害から控除することはもとより、慰藉料算定に当たつて斟酌するのも相当とはいえない。

五  損害の填補

本件事故による損害の填補として、國江車に係る自動車損害賠償責任保険から、原告三浦らは三〇〇一万一六〇〇円、原告重藤らは三〇〇〇万二六〇〇円の各支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

これをそれぞれの損害から差し引くと、原告三浦らの損害は二六二六万八二八三円、

原告重藤らの損害は三二一七万九二〇〇円となる。

六  弁護士費用

本件事故と相当因果関係のある損害としての弁護士費用は、原告三浦らについて二六〇万円、原告重藤らについて三二〇万円をもつて相当と認める。

七  まとめ

したがつて、原告三浦らの損害は二八八六万八二八三円(各一四四三万四一四一円〔円未満、切捨て〕)、原告重藤らの損害は三五三七万九二〇〇円(各一七六八万九六〇〇円)となる。

以上の次第であるから、原告らの請求は、被告國江、被告神尾、被告オリツクスレンタカー、被告サンロードに対し、原告三浦らそれぞれに対して、各自一四四三万四一四一円、原告重藤らそれぞれに対して、各自一七六八万九六〇〇円、及びこれらに対する本件事故発生の日である平成五年二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うこと、被告同和火災に対し、被告國江、被告神尾、被告オリツクスレンタカー、被告サンロードと原告らとの間のいずれかの本訴訟における判決が確定したときは、原告三浦らそれぞれに対して、各自一四四三万四一四一円、原告重藤らそれぞれに対して、各自一七六八万九六〇〇円、及びこれらに対する本件事故発生の日である平成五年二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める限度において理由があり、右各被告に対するその余の請求及び被告大阪日電運輸に対する請求は失当である。

よつて、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 根本眞)

別紙 〈省略〉

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